ブッダが説法を行い、それを聞いて弟子が出来たことが仏教の始まりです。仏教の成立にとって欠かすことができない3つとは何でしょう。
智顗は、6世紀ころまでに中国に伝えられた様々な経典類を整理し、内容を分別して『法華経』を中心に総合性をもつ宗派、天台宗を比叡山で開創しました。◯✖️のどちらでしょう。
ブッダがサールナートで初めて説法を行った相手は誰でしょう。
シルクロードと呼ばれる文化やものが交流する中国、インド、ユーラシア大陸を横断する通商路が作られました。インドから西に伝えられた<西域仏教>は、途中のバーミヤンを通って、タクラマカン砂漠周辺のトゥルファン、キジルなど砂漠周辺のオアシス都市に伝えられ、そこに大規模が仏教石窟寺院が作られました。◯✖️のどちらでしょう。
日本に仏教が伝わったのは、538年と言われています。仏教はどこから伝えられたでしょう。
義浄(ぎじょう)は玄奘と同じ天山北路を経て、チベットに入り、ポタラ宮でチベット密教を学びます。25年の滞在後、多くの経典などを持ち帰り、翻訳を行い仏教の発展に貢献しました。◯✖️のどちらでしょう。
ミャンマーでは9世紀ころ、水上交通の要所バカンに仏教が伝わり、根付きます。バカン王朝は仏教を信仰し、パゴダと呼ばれる仏塔を建て、スリランカから経典を取寄せ、戒律を守り仏教が繁栄します。現在も当時の隆盛を遺跡で見ることができます。雄大なパガン万搭はその数が多く、(A)が残っています。(A)にはいる正しいものはどれでしょう。
▶︎ ヒントはこちら仏教検定5級 指定教材「ブッダが“遺言”で語った「自分らしく生きる知恵」—遺教経」p.26~p.27
シッダッタ(ブッダ)の母、マーヤー夫人はある日不思議な夢をみました。天から〇〇が降りて来て夫人の右脇腹から胎内入り込んだ夢でした。占い師によれば、ガネーシャという神が夫人の胎内に入って懐妊したと伝えられました。〇〇に入る正しい言葉はどれでしょう。
神々の国日本に仏教が採り入れられ、神と仏を結びつけた「神仏習合」の考え方が生まれました。次のうち間違っているのはどれですか。
カンボジアのアンコール朝は、ヒンドゥー教や仏教を信仰していました。12世紀に30年以上の年月を費やしてアンコール・ワットが作られ、アンコール・トムはその後に完成されたものです。◯✖️のどちらでしょう。
▶︎ ヒントはこちら仏教検定5級 指定教材「ブッダが“遺言”で語った「自分らしく生きる知恵」—遺教経」p.28~29
ブッダは悟りを開いたのち、それを世に広めることを思いとどまりました。その理由として正しいものはどれでしょう。
シッダッタ(ブッダ)は、どのようにして生まれたでしょう。
神道を国教とした明治政府は、神仏の分離を行いました。また、仏教の近代化の動きもこのころ活発になりました。間違っているのはどれでしょう。
出家したシッダッタは6年間の苦行を止めてしまいます。その理由として正しいものはどれでしょう。
大化の改新後、天皇を中心とする中央集権制度が出来ました。聖武天皇は仏教の教えを広めるため、国ごとに寺を建てさせました。その寺はなんと呼ばれたでしょう。
ブッダは入滅後、悟りの世界に入りました。そのことをなんというでしょう。
シッダッタは乳粥の供養をうけた後、隣の村外れにある菩提樹の下の平らな岩の上で深い瞑想に入り、7日後に悟りを開きました。その場所はどこでしょう。
ブッダはある神さまに勧められて、悟りの内容を人々に伝えようと決意します。この出来事はなんと呼ばれるでしょう。
道元は中国に渡り天童山に学び帰国後、日本に曹洞禅を開きました。間違っているのはどれでしょう。
鎌倉幕府は、京都と鎌倉に禅宗の五山制度を定め、ここから後に禅宗文化とよばれる日本文化が生まれます。五山制度で間違っているのはどれでしょう。
浄土教の僧侶で、寺に留まらず各地を回りながら布教を行う僧侶は遊行聖などとも呼ばれた。次の中で遊行僧ではない人は誰でしょう。
最澄は天台の教学を広めるため、一乗止観院を建てました。その寺の現在の名前はどれでしょう。
禅宗は、インドの達磨大師を始祖とし鎌倉時代に日本に伝えられました。次の打ち間違っているのはどれでしょう。
中国の僧、法顕(ほっけん)は僧の戒律<律蔵>を得るため天山南路(西域北道)を経由してインドに向い、翌年には多くの経典類を入手して、再び同じ道で中国に戻りました。◯✖️のどちらでしょう。
江戸時代、禅宗の一つ「黄檗宗」が伝えられました。正しいのはどれでしょう。
第1回結集の100年後、教団の戒律を緩めるか否かを問う会議、第二結集が開かれました。十事を呼ばれる内容を巡って意見が保守派と革新派とに分れる(A)と呼ばれる分裂が生じ、さらに様々な分裂となって20部派に分れる枝末分裂をもたらし、教団は部派仏教の時代に入ります。(A)に入る正しいものはどれでしょう。
▶︎ ヒントはこちら仏教検定5級 指定教材「ブッダが“遺言”で語った「自分らしく生きる知恵」—遺教経」p.19,本文上段10行目
中国に仏教が根付いたのは、経典の翻訳を行う外国語に精通した訳経僧たちが、西域からやって来て重要な活躍をしました。安世高(あんせいこう)、鳩摩羅什(くまらじゅう)は、いずれも2世紀から5世紀頃に中国にやって来て経典の翻訳を行った僧たちです。◯✖️のどちらでしょう。
苦行を止めたシッダッタに乳粥を施した人は誰でしょう。
寺院の法事や行事を通して、江戸時代に仏教は庶民の日常との繋がりを深めます。間違っているのはどれでしょう。
苦行を止めたシッダッタを見た修行仲間は落胆します。その理由で正しいのはどれでしょう。
仏教が国づくりの思想となり、国家の平和や万民の安寧を願って大仏が建立されました。間違っているのはどれでしょう。
戦国時代の一時、民衆に支持された仏教徒と領主大名とが対立します。間違っているのはどれでしょう。
聖徳太子は、仏教の教えを国づくりに活かし、自らも経典解釈を書物にしました。その書物は次のどれでしょう。
インドから南方に伝えられた仏教は南伝仏教と呼ばれます。アショーカ王は、仏教を広めるため王子・マヒンダを(A)に派遣します。やがてその地は大寺派の上座部仏教の拠点となります。(A)に入る正しいものはどれでしょう。
▶︎ ヒントはこちら仏教検定5級 指定教材「ブッダが“遺言”で語った「自分らしく生きる知恵」—遺教経」p.23, 本文1行目
口承や暗誦によって伝承されてきたブッダの教えは、文字の使用によって大きく変わります。文字に記録された経典の整備や編纂が進みます。このころ岩や石柱に刻まれた文字がパキスタンやインドの各地に(A)として残されています。(A)に入る正しいものはどれでしょう。
▶︎ ヒントはこちら仏教検定5級 指定教材「ブッダが“遺言”で語った「自分らしく生きる知恵」—遺教経」p.21, 下段1行目
シッダッタが弱肉強色の世界を目の当たりにし、この世の生きる意味を自らに問いかけたきっかけのうち、正しいものはどれでしょう。
中国の禅はインドから来た菩提達磨が始祖とされ、少林寺で9年間壁に向かって坐禅して悟りを開いたといわれています。中国の禅宗はその後隆盛を迎え、五家七宗と呼ばれます。五家の内、臨済宗、曹洞宗はとりわけ栄えた宗派です。◯✖️のどちらでしょう。
ブッダの初めての説法は、何と呼ばれているでしょう。
インドネシアでは、仏教とヒンドゥー教が共存していましたが、8世紀〜9世紀に仏教の勢力が拡大しました。ボロブドゥール寺院は、その頃ヒンドゥーの建物が仏教に変更されて建造されたものです。◯✖️のどちらでしょう。